大判例

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東京高等裁判所 昭和58年(う)1637号 判決

本店所在地

東京都大田区大森南二丁目七番二号

中央ビジネスフオーム株式会社

右代表者代表取締役

荒覺治

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五八年九月二二日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官鈴木薫出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人辰野守彦名義の控訴趣意書二通に、これに対する答弁は、検察官鈴木薫名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

そこで、記録を調査して検討すると、本件は、コンピューター用連続伝票の製造、販売を目的として設立された被告会社の代表者がその業務に関し法人税を免れようと企て、昭和五五年三月期から昭和五七年三月期までの三事業年度にわたる所得額が実際には合計五億一二一五万七三五八円もあったのに、そのうち二億六二二三万二九九一円を秘匿して、二億四九九二万四三六七円しかなく、これに対する法人税額が九七三〇万八三〇〇円である旨を記載した内容虚偽の各確定申告書を提出し、その結果、合計一億〇六八二万七〇〇〇円の法人税を免れたという事案であって、三事業年度全体の所得申告率が約四八・七パーセントに過ぎないうえ、その逋脱率が約五二・三パーセントにも及んでいること、本件犯行に至ったのは、被告会社の業績が順調に伸びて相当多額の利益を計上し得る見込みであったため、その代表者において、所得を秘匿し裏金を作って将来の不況に備えようとしたもので、その動機には何ら酌むべき事情が認められないこと、被告会社では、本件各事業年度の決算に際し、その期の利益を売上の七パーセント程度に圧縮して計上すべく、原材料や仕掛品等期末たな卸資産の計上を除外し、更にそれだけで十分でないとみるや、実在しない会社と取引きしたかのように仮装し、あるいは取引先に依頼して、仕入れの架空計上をするとともに、その繰上げ計上をしたほか、売上の計上除外と繰延べ計上をしたものであって、その手段が計画的で悪質であること、本件以前にも税務調査を受けて修正申告をしていることが認められる。所論は、期末たな卸資産の計上除外を長期にわたって反覆したとしても、その計上除外により次期以降の製造原価がそれだけ過少になり、その反面、収益が過大になるので、次期以降の課税額を実際額にとどめるためには、更に売上除外や架空経費の計上をするか、期末たな卸資産の計上除外を繰り返すか、そのいずれかによらざるを得ないところ、本件の場合、被告会社では意図的な売上除外、架空経費の計上を行っていないから、脱税の手段としては必ずしも悪質ではない旨主張する。しかしながら、被告会社の用いた手段方法が期末たな卸資産の計上除外に限られず、意図的な仕入れの架空計上、売上の計上除外等を伴っており、しかも以前税務署に勤務したことがあって税務会計に通じている被告会社の代表者が、所論指摘の趣旨をも十分了解のうえ、次期以降の利益が過大にならないよう、長期にわたり期末たな卸資産の計上除外を継続して行っていたものであって、本件脱税の手段方法が悪質でないとはいえない。以上の事実に徴すると、被告会社の刑事責任は重いといわなければならない。したがって、被告会社では、本件を契機に納税態度を改め、本件各事業年度の法人税について修正申告をし、その本税及び加算税は勿論、地方税をも完納したことなど、量刑上酌むべき情状を十分考慮しても、原判決の量刑(罰金二八〇〇万円)が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 杉山英巳 裁判官 新田誠志)

○ 控訴趣意書

被告人 中央ビジネスフォーム株式会社

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人は左のとおり控訴趣意書を提出する。

昭和五八年一二月一四日

右弁護人 辰野守彦

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は刑の量刑が合理的限界を超えて過大なものであるので破棄されるべきものである。

以下にその理由を分説する。

第一 原判決の量刑

原判決は、被告会社を罰金二八〇〇万円に処するというものであった。

量刑の理由は原判決書には示されていないが、昭和五八年九月二二日、東京地方裁判所において告知されたところによるとその要旨は、告訴漏れ金額が多額であること、起訴に係る期間以前からの長期の反覆的な行為であったこと、納税意識が著しく低かったことを主として考慮したものであった。

第二 原判決の量刑は弁護人が原審において立証した以下の情状に関する事実を無視したものである。

一 弁護人は、原審において、証拠調請求書第三記載のとおりの書証を提出し、以下の事実を立証した。

(一) 昭和五四年四月一日より昭和五七年三月三一日までの各事業年度の法人税本税・加算税、同期間の地方税の完納(前記証拠調請求書第三、一ないし八により立証)

(二) 本件の発覚後、納税態度が改善した事実(前記証拠説明書第三、九ないし一二)

二 弁護人は、原審で共同被告人であった被告会社代表者の被告人質問、証人酒井秀行の証言をもって左の情状に関する事実を立証し、また検察官提出に係る証拠によっても左の事実は明らかである。

(一) 被告会社は、昭和五八年中に合計金二七〇、八〇二、四六〇円の税の支払をなし、一部金を被告会社代表者の個人資産によってなしたことからも明らかなとおり経済的・経営的危機に頻していること。

(二) 被告会社は同業他社に比して経費の切りつめ、仕入価格の引下等の企業努力により高収益率をあげており、これにより本件起訴に係る期間においてすら同業他社を上回る率(対売上金比率)の納税を行っていたこと。

(三) 本件脱税に至る動機は、将来の業界不振の可能性等に備え、被告会社の資金力を蓄積することにあり、株主・役員の私利・私欲に出たものではないこと。

(四) 本件脱税の手段は、棚卸除外を中心としているが、この手段は脱税手段として幼稚であるのみならず、除外された在庫品もいずれかの時期には売上として計上されるはずであるから、最終的な収益収支のうえでは必ず顕在化する結果となり、脱税犯としての違法性は軽微であること(この点は後に第三、一において詳述する)。

(五) 本件におけるほ脱率が必ずしも高くないこと(後掲「法律のひろば」一三頁参照)。

三 原判決は以上の事実を実質的に看過し、悪質な脱税事犯と同様の量刑を被告会社に課したものであり、その量刑は不相当のそしりを免れない。

第三 本件における違法性の判断

一 棚卸除外について

棚卸除外の違法性評価については、弁論要旨第四、一に詳述したとおりである。

右の弁論要旨において述べたところに付加すべき点は以下のとおりである。

(一) ある年度における棚卸除外は、次年度の収益金を過大なものとすることは自明であろう。蓋し、次年度の期首在庫を過少評価するため、次年度の製造原価をその額だけ過少なものとするからである。

従って次年度の課税額を適正額にとどめるには、売上除外、架空経費の計上等の手段を講じるか、棚卸除外を繰り返すかのいずれかに依らなければならない。

(二) かような棚卸除外は、法人税についていえば、他の脱税手段と合体しない限り、最終的な脱税手段とはなりえないものである(なるほど累進課税の適用のある所得税においてはある年度の所得を意図的に低くする意味はあるとはいえようが法人税においては税率がほぼ定率であるため次年度の所得額が増加すれば税額の総額は結局同額となる)。

その意味では、納税者の最終的費目の調整である売上除外、架空経費の計上はいわば最終的脱税手段であり、その態様は棚卸除外と比してはるかに悪質なものといえよう。

被告会社において意図的な売上除外・架空経費の計上を行っていないことは、関係証拠等から明らかである。

(三) 被告会社が棚卸除外を行うに至った経緯も、大量買付けによる原価の低下を意図した結果、在庫を一時的に大量に抱えることがあったことに由来している。

このような本件起訴事実は以上の観点からすれば企業努力が裏目に出たものということができよう。

二 原審指摘の「棚卸除外の反覆」の矛盾点

1 原判決の量刑理由中には棚卸除外の長期にわたる反覆という点が挙げられていたことは前述(第一)のとおりである。

2 しかしながら、本件起訴にかかる納税期以前から棚卸除外がなされていたのであるなら、論理必然的に、昭和五四年四月一日現在の在庫・仕掛品量(起訴期間の最初年度の期首在庫)は棚卸除外分だけ過少評価されているはずである。

そうであるなら、昭和五四年四月一日から五五年三月三一日までの納税期間の収益額は期首在庫が過少評価された額だけ過大評価されていることになる(前記第三、一、(一)参照)。

仮に起訴にかかる期間の最初の期首在庫をそのまま認定するなら、それ以前に棚卸除外は行なわれなかったと認定すべきであり、棚卸除外の長期的反覆を量刑の資料としたことは明らかな誤りである。

従って原判決が棚卸除外の起訴に係る期間以前からの長期的な反覆を量刑の一つの資料としながら、起訴状公訴事実第一をそのまま認めたことは決定的な論理矛盾というべきである。

3 以上の次第で、原判決が公訴事実をそのまま認め、かつ、棚卸除外の長期的反覆を量刑の資料としたことは、論理的に矛盾するばかりでなく、実際の量刑に大きな影響を与えたものと思料され、この点の再考は是非とも必要である。

第四 他の事件との量刑比較

一 弁護人は、本件量刑の当否を検討するに当り、公刊された資料、一審段階の判決例の多くを調査した。

もっとも整理された最近の資料として鶴田六郎・「法律のひろば」昭和五七年六月号「脱税事件の最近の実態と傾向」(四―二二頁)を挙げることができる。

同論文によれば、脱税事件の罰金額は脱税額の二〇―三〇パーセントあたりが一般的である、とされ、この結果は弁護人の調査結果とも一致する。

二 本件の脱税額は約一億七〇〇万円であり、原判決はその二六パーセント強の罰金額を課したものといえる。

しかしながら、公訴提起される脱税事犯の多くは本件よりはるかに悪質であり以上にみた動機、ほ脱率、態様、事後の納税等のいずれの点からみても、起訴された他の脱税事犯とし比して情状が劣るとは考えられない。

三 従って量刑のバランスを考慮しても被告会社に対する判決は重きに失するものといわざるをえない。

第五 結語

弁護人は脱税事犯の取締に異議をとどめるものではなく、被告会社においても代表者以下一同がこれを真摯に受けとめ反省を深くしている。

しかしながら原判決における二八〇〇万円の罰金は以上の諸点を考慮すれば重きに失し、被告会社の経済的基盤さえをも大きくゆるがせるものである。

御庁において原判決の量刑の正当性を今一度熟慮され、適正な御判断をされることを期待するものである。

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